とまと船

政治経済、ゲーム、ITなど、興味のあることを自分の視点から書いています。

私が考える「偉い人」とは?

前回の記事で、

 

会社で「エライ」とされている立場の人は、別に偉くはないと思う。

 

という話をしました。

tomatobune12341.hatenablog.com

 

今回は、「じゃあ、どういう人が偉いと思うか?」について

自分に問うてみようと思います。

 

 

まず、「偉い」という日本語の定義に戻ってみます。

えら・い【偉い/豪い】

1 普通よりも優れているさま。

 ア 社会的地位や身分などが高い。「会社の―・い人」
 イ 人間として、りっぱですぐれている。

   「苦労しただけあって、―・い人だ」

 

2 物事の状態が普通ではないさま。
 ア 程度がはなはだしい。ひどい。

  「今日は―・く寒い」「―・い混雑だった」
 イ 予想外である。ひどく困ったさまである。「―・い目にあった」
 ウ 苦しい。つらい。しんどい。「歩きどおしでからだが―・い」

 goo国語辞書(出典:デジタル大辞泉)より引用

 

会社のエライ人って、「1 普通より優れているさま」の「ア 社会的地位や身分などが高い」に該当しますね。日本語として正しいのですね。。。

一方、私が思う「偉い」は、「1 普通より優れているさま」の「イ 人間として、りっぱですぐれている。」に該当しますね。

 

例文にある「苦労しただけあって、偉い人だ」について。

私は、自分が味わった苦労を他人にも味わわせようとしない人を「偉い」と思っていました。通過儀礼とかしきたりと称して、意味がなさそうな苦労を代々受け継いでいくようなのは、どうも「偉い」とは思えないんです。

逆に、苦労を味わったことで人の痛みを想像できるようになり、思いやりのある人になっているのなら、まさしく「偉い」と思います。

 

話は脇道に逸れますが、選挙の投票もインターネットにしたらいいのになあと思っています。投票所に行く労力、時間を作る苦労が「偉い」とは思えないので。

 

一部の人々だけでなく、多くの一般庶民の苦労を取り除き、幸せな生活に貢献しているような人。そういう人を、私は「偉い」と思います。

 

「抜苦与楽の人」という感じでしょうか。仏教に入れ込んでいるわけではないですが。

 

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