とまと船

政治経済、ゲーム、ITなど、興味のあることを自分の視点から書いています。

[今思いついた思考実験]上官Shot仮説~人は常識に逆らって自分の正義を貫けるかな?~

人間社会という集団幻想の下では、

「人は、立場が上の人間には逆らわないんじゃないか」

という話をしました。

tomatobune12341.hatenablog.com

記事では、「集団幻想」とまでは言ってなかったかもしれません。ただ、この「上の立場に逆らえない」というのは、ハマっていて抜け出すことを考えづらい「幻想」ではあると思うのです。立場が上の上司、教官、お客様、オリンピック開催に逆らえなかったために、自殺してしまう若者がいるからです。

では、私がどのような概念を「幻想でない」と思っているか。これは、

「自己の生存や存続に有利な決断がなされること」

です。

「立場が上の概念」を重視し、自己の生命を絶ってしまうような決断は、生き物としては非合理的であると思うんですよねえ。そのような概念は、「人に非合理な決断をさせるまやかし」だと捉え、「幻想」と言っています。

では本題に移りましょう。

f:id:tomatobune12341:20170813170431j:plain

ある大国「A」で、国家の都合から、同程度の軍事力を持つ別の大国「B」に宣戦を布告する方針が固まり、前もって近隣海域に軍隊を派遣することになりました。A国とB国は、海を隔てて隣り合っています。

開戦の理由についてはA国政府からA国軍幹部に、A国軍幹部からA国軍の末端の兵隊にまで伝達されていました。

しかし、徴兵で招集された、ある兵隊「Z氏」には、開戦の決断がA国政府の自分勝手な横暴に見え、妥当とは考えられませんでした。また、いったん戦争が始まれば、補給も乏しい戦場で苦しい生活を強いられることになります。末端の自分が生き伸びる可能性は、限りなく低い。このままでは、戦場で生き地獄を経た後に、傷病の苦しみの中で死ぬことが確定したようなものです。

宣戦布告に先立ち、Z氏は、直属の上官「X氏」と同じ小型偵察船に乗って、B国の近隣海域に進んでいました。その船には、Z氏、X氏のほかに、Z氏と同じく徴兵された、事なかれ主義の「Y氏」が乗っていました。X氏は部下イビリで有名な人物で、Z氏、Y氏の両方から嫌われていました。

Z氏、X氏、Y氏は3人とも銃を所持しています。しかし現在、X氏は夕食を終え、銃を持たずに船室でくつろいで指示を待っていました。

さて、Z氏は、完全に油断しているX氏をどうするでしょうか?

どさくさに紛れ、X氏を射撃して海に放り出し、開戦のゴタゴタで通信が取りにくいことにして、一か八か戦争と無関係なC国に逃れれば、Y氏とともに生き延びることができそうです。

しかし、予定通りに開戦し、参加すれば、困難と辛苦の果てに確実な死が待っているでしょう。

 

どちらが、合理的な判断でしょうか?

  1. 上位概念のために、意に添わぬ命令に従って苦しんで死ぬのか
  2. 常識をかなぐり捨てて、一か八かの生存に賭けるのか

この問いと、それにまつわる過程や仮設を、ここでは「上官Shot仮説」と呼びましょうか。「仮説」を付けたのは、なんとなくかっこいいから。「射撃」じゃなくて「Shot」にしたのは、語呂がいいから、それだけです。

 

 

にほんブログ村 サラリーマン日記ブログ 平社員(一般社員)へ
にほんブログ村

にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村