とまと船

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書籍:自分の「うつ」を治した精神科医の方法 宮島賢也 著 感想#3

感想の続きです。私的には、ちょっと衝撃的な内容であり、「やっぱりな」という思いもあり。。 

自分の「うつ」を治した精神科医の方法 (KAWADE夢新書)

自分の「うつ」を治した精神科医の方法 (KAWADE夢新書)

 

 親子関係の話はひと段落。今度は精神科医、ひいては医者全般の話になります。

4.精神科医は「心の専門家」ではない

引用:

一般の人は、精神科医のことを「心の専門家」と思っているでしょうが、それは大いなる誤解です。僕はこのことを、「心の専門家幻想」と呼んでいます。

なかには、「精神科医は医者でなくカウンセラーだ」と思っている人もいるようですが、それも認識違いです。 

(略)

精神科医の医師がカウンセリングをおこなうわけではありません。一般的には、精神科医は、患者さんから症状を聞き取り、標準的な診断基準にあてはめて診断をして病気に応じて投薬します。

(略)

医師は、患者さんの症状に加え、仕事や家族関係については聞きます。しかし、うつの原因になっている考え方や人間関係にまでは踏み込みません。

(略)

精神科の病気は、症状によって診断します。症状が該当すれば、「うつ病」「統合失調症」などと診断します。

いっぽうで、精神科では、脳生理学に準拠して、うつ病統合失調症は、脳の機能不全によって起こると考えています。「心の変化は脳の変化」という考え方に立っています。

(略)

心や感情が安定している状態では、それぞれの神経細胞からそれぞれの神経伝達物質が、よく分泌されています。ところが、これらのバランスが崩れると、心や感情、情動に変化が起こります。やたらと怒りっぽくなったり、イライラしたり、覇気ややる気がなくなったり、悲しみに沈んだり、不安に取りつかれたりします。

うつ病の治療薬は、これら脳内物質の生理学に立って開発されたもので、神経伝達物質のバランスを整えるのを目的にしています。

精神科では「セロトニンの異常がうつを引き起こす」との診方(みかた)に立っていますが、それはあくまで仮説です。僕は、セロトニンの異常もストレスの結果ではないかと考えます。

 長い引用すみません。

要するに、精神科は、「対症療法」をしているのであって、根本治療のことを考えていないということなんですね。「ひとまず症状は抑えますが、根治はあなたの責任でやってください」ということです。

私個人は、このやり方で、ある意味助かりました。だって、「考え方を直せ」って他人から言われてやる気になるもんでもないし、かえって窮屈じゃないですか。ブラックな企業組織やブラックな職場があり、そこですり減って倒れたときに必要なのは「休息」であって、「精神論」「原因追及」でないわけです。

本当は、倒れるまで行かないうちに方向転換するのが望ましいのですが、根性論家庭で育った人間には、それもなかなか難しいんですよ。じゃなきゃ、電通で新入社員の方が自ら死を選んだり、建設会社でオリンピック需要のノルマに圧迫された若手社員が自ら亡くなったりしないわけです。

「転がる石に苔は付かない」「石の上にも三年」。同じ場所で耐えることを美徳とするようなマインドに染まっていたら、「逃げる自分」を許容できない。

でもね、生死にかかわるくらいジレンマが激しければ、そりゃ逃げた方がいいんですよ。そんなことを教えたり、それとなく示唆したりもできない、未熟な大人が多かったのです。

長くなりました。続いて、話は医者一般に及びます。

5.医師は健康や病気予防のプロではない

引用:

一般論ですが、医者は健康についての知識を持っていません。

こう断言すると、一般の方たちは怪訝(けげん)におもうのではないでしょうか。

「お医者さんって、健康についてのプロじゃないの?」と。

本当は、それをいうなら、「医者は対症療法のプロ」なのです。

いっぽうで、現在では、医療界を挙げて「病気になって治療するよりも、ならないように予防することが大切」とも訴えています。ここには矛盾があるし、どうしてなのだろうかと、一般の人は疑問に思うでしょう。

なるほど、「病気になって治療するよりも、病気にならないように予防することのほうが大事」といわれれば、それはそのとおりでしょう。誰もが理解できることです。

わが国では、昭和40年代から、心筋梗塞脳梗塞、糖尿病など、いわゆる生活習慣病が増加してきました。それによって医療費がふくらみ、それを抑制するためにも、予防の重要性が訴えられてきました。

メタボリックシンドロームの話。略)

このような流れに立つと、「医師や病院は病気の予防に力を注いでいる」「医師は健康についての知識をもっている」ように思えます。

しかし、じっさいはそうではありません。それは現在の医療行政、医療の在り方がそれを目的としたものにはなっていないからです。

簡単にいうと、病気の予防について、医師がいくら時間をさいて患者さんに教えたとしても、診療報酬にはなりません。けっきょくは、診察や検査をしないと、診療報酬が得られないシステムになっています。

もっとわかりやすくいえば、診察や検査をしないと、病院や医師が儲からない仕組みになっているのです。

だから「予防が大事」という言葉には欺瞞(ぎまん)があります。しかも、というか、だからというべきでしょうか。一般論としてですが、現実は、病気予防や健康増進について勉強や研究をしようとする医師はあまりいません。

また長くなってすみません。かなり大事なことだと思ったので、長く引用させていただきました。

「多くの医師は、病気のプロであり研究家であっても、健康について知らない」ということですね。衛生が整った現代の我々一般人にとって重要な情報は、「どうやって病気を防ぐか」だと思います。病気になってしまえば、医師の領域になりますが、「病気にならない知恵」に人類共通のものがあれば、それを日々採用し、健康に暮らすのが何よりです。

個人的には、「人類共通で、だれもが抵抗なく実践できる健康法」が編み出されるといいなあと思っています。今は色んな健康法が、ウサンクサイものや完全な精神論も含めて存在していますが、本当に「効く」ものが生き残って、残りは淘汰されるといいなあと思ったりしています。ややこしいですからね。

 

 

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