とまと船

政治経済、ゲーム、ITなど、興味のあることを自分の視点から書いています。

「だれでも健康になる方法」は思いやりの余地を奪うかな?

前々回の記事の最後あたりで自分が書いたこと↓に、自分で疑問をもってしまいました。 

tomatobune12341.hatenablog.com

 個人的には、「人類共通で、だれもが抵抗なく実践できる健康法」が編み出されるといいなあと思っています。今は色んな健康法が、ウサンクサイものや完全な精神論も含めて存在していますが、本当に「効く」ものが生き残って、残りは淘汰されるといいなあと思ったりしています。ややこしいですからね。

話がずれますが、私は個人的に、「貧困は自己責任」と捉えるあり方は冷酷なんじゃないかと思っています。「お前が苦しい立場に陥っているのは、お前の行動や生き方が積もり積もった結果だ。お前が悪い」と。確かにご自身の行動、生き方の結果を背負う形でその人が苦しんでいるかもしれません。しかし、今苦しんでいる人に向かって、「お前が悪いんやで」と吐き捨てることは、吐き捨てた本人にとっても、果たして後味が良いモノなんでしょうかね。病気で動けない人に、言葉で蹴りを入れるようなものではないでしょうか?

たとえ自業自得であっても、「今苦しんでいる人」がいたら、私は、その苦しみをなるべく取り去ってあげたいという気持ちになります(行動するかは別)。私自身が、体の痛みや精神的苦痛に弱いため、痛みや苦しみを他人事として割り切れないところがあります。

本題に戻ります。「人類共通で、だれもが抵抗なく実践できる健康法」が確立された時代になれば、何が起こるでしょうか。そんな時代でも病気で苦しむ人が居たら、「実践する努力を怠った人間」とみなされて、悪口のターゲットになってしまうでしょうか。その時代に生きる多くの人は、死ぬまで病気の苦しみを体験しないから、理解も共感も、何とかしてあげたいという思いやりが生まれる余地もないかもしれません。

同じような理由で、「一億総中流」という集団幻想を抱いていたバブル以前の中流家庭は、「努力(勉強)すればいくらでも成功できる」と信じていて、その裏返しで「成功しないのは努力(勉強)が足りないからだ」と信じてもいたのではないでしょうか。

 

大雑把に言うと、

「お前が苦しんでいるのは、お前が悪いからだ」

「お前が貧しいのは、貧しくなろうとしたからだ」

というようなことを竹中平蔵さんら、大経済学者はおっしゃっているわけです。

竹中平蔵さん、いつも例にだしてすみません。でもあなたや、ユニクロの経営者さんの挙動と発言は典型的なんですよ。

「これこれこうすれば、苦しみや貧困を脱出できるかもしれない」というアドバイスがあれば、「やはり大経済学者は力を持っているなあ」と感動するんですが。「貧困が増えても俺は関係ないし、貧困になる奴が悪いんだよ」と苦しむ人に蹴りを入れるわけです。こういう人が、自らが推進した人材派遣の広範囲化、そのトップ企業「パソナ」の役員に収まって、延々と中間マージンの利益を得ているわけですね。貧困になる若者の労働力を吸って。

 

というわけで、色々書きましたがすみません。「人類共通で、だれもが抵抗なく実践できる健康法」それ自体は、具体性があって愛情が深いですね。

それをベースに、

「お前が苦しいのは、お前が悪いからだ」

と、具体性のないただの悪口を言って、苦しむ人を攻撃するような行為には、思いやりがないと思います。で、人は実際にその苦しみを味わうまで、他人の苦しさを理解しないことがありますから、「健康が当たり前」になってくると「病気になる人」への無理解が広がる可能性もなくはない。といったところです。

しかし、竹中平蔵さんもユニクロの経営者さんも、あれだけトップに昇りつめておいて、たまに発言したかと思えば、一般庶民の悪口ばかり。これは、発言するご本人も不幸せな状態なのかもしれませんね。

 

 

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